【道標 経営のヒント77】ほったらかし、の意味 宮坂 登


 以前、このコーナーで紹介した東京都練馬区の銭湯「久松湯」。湯船に浸かりながら、天井に映し出されるプロジェクションマッピングを眺めるという前例のない楽しみ方を提案したことで多くの客を集め、今では平日の昼間にも関わらず、開店と同時に多くの老若男女を集めているという。

 先日はテレビのニュースでも紹介されていた。旧型の銭湯からリニューアルされたこの施設は、往時から佇まいを大きく変えて、建物はとても銭湯には見えない。そうした試みが功を奏して客数を一気に3倍に伸ばしているそうである。東京都内では2005年から10年で4割も客数が減っているという。だからこそ、久松湯のトライアルには価値があると思う。

 一方、出張帰りに立ち寄ったのが、山梨県にある「ほったらかし温泉」という日帰り湯。何の下調べもなく帰途に知り、その名前に惹きつけられて訪れた。実に多くのファンがいるようだ。

 おもてなしの観点からは、ほったらかし、というと味も素っ気もないのだが、温泉露天風呂付きの部屋に多くの客を集める現代の宿事情を考えてほしい。チェックインしてから部屋を出るのは夜と朝の食事の時のみ。チェックアウトまで顔も見せない。そういう宿泊を好むお客さま側の感情としては完全にプライバシー重視で、「かまってくれるな」という意志表示が見てとれる。

 それこそ、ほったらかし、が今の宿の実情でもある。かつてのような人間的なふれあいが宿と客の間に存在しなくなりつつある。

 訪れてみて、やはり「ほったらかし」という名前に、人々が何となく惹きつけられている気がした。売りは「自由気まま」に楽しめる温泉のみ。大空と甲斐の国の景色、そして富士山を眺めながらの温泉入浴はダイナミックで、気分を高揚させる。それこそが醍醐味である。

 入浴料はわずか800円。しかも、今後、新たな施設として「混浴風呂」を作る予定があり、その建設資金を一口2万2千円でクラウドファンディングで募集しているとか。特典として、一口につき、向こう5年間、全温泉の入浴が無料になるなどの恩恵があるそうだ。そんな試みが旅館・ホテルにもあってもいいのではないかと思う。

 現状維持が精一杯の宿なら、既存の施設のあり方を考え直すという試み。今までとは異なるセールスポイントになり得る「何か」があるのではないか。

 旅館・ホテルの広告を預かる身としては、当たり前のことを当たり前に広告するより、新しい着眼点で挑戦してくれたほうが魅力を感じる。固定観念打破、そこに賭ける宿はないか。

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